親の家は生前贈与と相続、どちらが得か——税金・特例・時間リスクを一次情報で比較する
親が元気なうちに実家を生前贈与するか、相続まで待つか。暦年課税の年110万円基礎控除、相続時精算課税の2500万円特別控除、相続税の基礎控除(3000万+600万×法定相続人数)を国税庁の一次情報で整理。生前贈与では不動産取得税・登録免許税が相続より高く、空き家3,000万円特別控除も使えないこと、認知症で贈与も売却も止まる時間リスクまで、判断材料を比較しました。
親がまだ元気なうちに「実家を子へ生前贈与しておいた方がいいのでは」と考える方は少なくありません。一方で「相続まで待った方が税金は安いはず」という声もあります。結論から言うと、生前贈与と相続のどちらが得かは、税金だけでは決まりません。 不動産取得税・登録免許税といった移転コスト、相続でしか使えない強力な特例、そして「親が判断できるうちに動けるか」という時間の問題まで、複数の軸を並べて初めて見えてきます。
この記事では、親の家を生前贈与するか相続まで待つかを、贈与税・相続税の課税のしくみ・移転コスト・特例・時間リスク の観点から、国税庁の一次情報ベースで整理します。最後に4つの判断パターンと、全体像を並べて確認する手順を示します。
まず全体像——3つの「税金の入口」
親の家を子に移す方法は、課税のしくみで見ると3つに分かれます。
| 移し方 | 課税のしくみ | 主な控除 |
|---|---|---|
| 生前贈与(暦年課税) | 贈与税(受贈者が申告) | 年110万円の基礎控除 |
| 生前贈与(相続時精算課税) | 贈与時は軽く、相続時に精算 | 2,500万円の特別控除+年110万円基礎控除 |
| 相続(待つ) | 相続税(取得者が申告) | 3,000万円+600万円×法定相続人数 |
生前贈与には課税方法が2種類あり、どちらか一方を選ぶ(一度相続時精算課税を選ぶと暦年課税に戻せない)点が大きな分岐になります。それぞれを順に見ていきます。
生前贈与の方法1: 暦年課税——年110万円の基礎控除
暦年課税は、贈与税の原則的な計算方法です。1月1日から12月31日までの1年間に贈与で取得した財産の合計額から、基礎控除の110万円を差し引いた残りに贈与税がかかります(国税庁No.4402「贈与税がかかる場合」)。
- 年110万円までの贈与なら贈与税はかからず、申告も不要
- ただし家(不動産)は1棟まるごとで数百万〜数千万円になるため、家屋や土地を一括で贈与すると110万円をはるかに超え、贈与税が高額になりやすい
- 持分を毎年少しずつ贈与する方法もあるが、登記の手間とコストが都度発生する
家のような大きな財産を暦年課税の贈与で一気に渡すと、贈与税の負担が重くなりがちです。これが「家は生前贈与より相続の方が安い」と言われる主な理由の一つです。
生前贈与の方法2: 相続時精算課税——2,500万円の特別控除
相続時精算課税は、まとまった財産を生前に渡しやすくするための制度 です。
- 原則として 贈与の年の1月1日時点で60歳以上の父母・祖父母 から、18歳以上の子・孫 への贈与で選択できる(国税庁No.4103「相続時精算課税の選択」)
- 累計 2,500万円までの特別控除 があり、その範囲内なら贈与時に贈与税はかからない
- 令和6年(2024年)1月1日以後の贈与からは、相続時精算課税にも年110万円の基礎控除 が設けられた。この110万円分は贈与税・相続税ともに対象にならない
- ただし名前のとおり「精算」課税であり、贈与した財産は最終的に相続のときに相続財産へ加算して相続税で精算 される(基礎控除110万円分を除く)
つまり相続時精算課税は「贈与税を相続税へ先送りする」しくみであり、渡すこと自体は早くできても、税金そのものが消えるわけではない という点を誤解しないことが大切です。一度選ぶと暦年課税には戻せないため、選択は慎重に行います。
相続まで待つ場合——相続税の基礎控除
親の家を生前に動かさず相続まで待つ場合は、相続税で考えます。相続税には大きな基礎控除があります。
相続税の基礎控除額 = 3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数
たとえば法定相続人が3人なら、3,000万円+600万円×3=4,800万円 までは相続税がかかりません(国税庁No.4152「相続税の計算」)。遺産の合計額がこの基礎控除以下なら、相続税の申告も納税も不要です。
- 法定相続人の範囲・順位は民法で定められている(配偶者は常に相続人、子・直系尊属・兄弟姉妹が順位に応じて相続人になる)
- 基礎控除を超えた部分には、相続税の 超過累進税率(取得金額が大きいほど税率が上がる)が適用される。税率と控除額の一覧は国税庁No.4155「相続税の税率」で確認できる
実家の評価額が他の遺産と合算しても基礎控除の範囲に収まるなら、相続まで待てば相続税はゼロ ということも珍しくありません。これが「家は相続の方が有利」と言われる最大の根拠です。一方で評価額が大きい・遺産が多い家庭では、相続税の負担が無視できない規模になります。
見落とされがちな論点1: 生前贈与は移転コストが重い
税金の話は贈与税・相続税だけではありません。不動産の名義を移すときには、不動産取得税と登録免許税 がかかります。ここに生前贈与と相続の差が出ます。
- 不動産取得税: 贈与による取得には課税される。一方、相続による取得は不動産取得税が課税されない
- 登録免許税(名義変更の登記にかかる税): 一般に 贈与のときの税率は相続のときの税率より高く設定 されている
つまり、たとえ贈与税の負担を抑えられたとしても、生前贈与では「不動産取得税+高めの登録免許税」という移転コストが相続より重くのしかかります。 税額の正確な計算は評価額・時期・特例の有無で変わるため、ここは税理士・司法書士への試算依頼が前提になります。
見落とされがちな論点2: 生前贈与だと「空き家3,000万円特別控除」が使えない
将来その家を売る可能性があるなら、これは非常に重要です。
相続した空き家を売るときには、一定の要件を満たすと譲渡所得から 最大3,000万円を控除できる強力な特例 があります(国税庁No.3306「被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除の特例」)。詳しくは空き家の3,000万円特別控除の記事で解説しています。
ここで決定的なのは、この特例は「相続または遺贈により取得した」家屋・敷地を売った場合の特例 だという点です。生前贈与で受け取った家は「相続により取得した」にあたらないため、生前贈与した家を後で売っても、この空き家3,000万円特別控除は使えません。
- 親の家を生前贈与で受け取り、後年それを売却 → 譲渡益にこの強力な特例を充てられない
- 相続で取得してから売却 → 要件を満たせば最大3,000万円を控除できる
「いずれ売る前提の実家」であれば、急いで生前贈与すると、相続ならではの大きな節税チャンスを自ら手放すことになりかねない ——これは贈与税・相続税の比較表だけを見ていると見落とす論点です。
見落とされがちな論点3: 認知症という時間リスク
ここまでは税金の話でしたが、実務で最も深刻なのは 時間 の問題です。
贈与契約も不動産の売却も、「本人が契約内容を理解し、自分の意思で決められる」ことが前提 です。親が認知症などで判断能力を失うと、
- 生前贈与の契約自体ができなくなる(贈与は親と子の合意による契約のため)
- その家を売ることもできなくなる(所有者である親の意思表示ができないため)
- 残された手段は成年後見制度などに限られ、家庭裁判所の関与が必要で、自由な財産処分は大きく制限される
つまり「生前贈与と相続、どちらが税金的に得か」をゆっくり比較しているうちに、親の判断能力が先に失われると、贈与という選択肢そのものが消えます。 税金面の損得とは別の軸で、「親が元気な“今”しかできないこと」があるという視点が欠かせません。認知症になる前の備えについては認知症になる前の相続準備で整理しています。
生前贈与と相続、判断の4パターン
ここまでの論点を、典型的な4パターンに整理します(あくまで方向性で、具体的な税額は個別試算が必須です)。
- 遺産が基礎控除内に収まりそう・将来売る予定 → 相続まで待つ方が有利になりやすい。相続税はかからず、空き家3,000万円特別控除も使える可能性が残る
- 遺産が基礎控除を大きく超える・評価額が今後上がりそう → 相続時精算課税で早めに移すことが選択肢に入る。ただし精算課税は相続時に加算されるため、節税効果の有無は試算が必要
- 特定の子に確実にこの家を渡したい(争い予防) → 生前贈与で名義をはっきりさせる意義はある。ただし移転コストと特例喪失を天秤にかける
- 親の判断能力が不安・健康に懸念がある → 税金の最適化より「動けるうちに方針を決める」ことが最優先。贈与・売却・遺言など、本人の意思で選べる手段を早めに確保する
どのパターンでも共通するのは、「家単体の損得」ではなく「家を含めた家じまい全体」で考える ということです。実家を最終的にどうするか——売る・貸す・住む・壊すの4択は実家の4択判断の記事で整理しています。生前贈与か相続かは、その出口(特に「売る」「壊す」)とセットで決めるべき問題です。
よくある質問
Q. 生前贈与の方が相続税対策になると聞きました。本当ですか? A. ケースによります。暦年課税で年110万円の範囲を活用する方法はありますが、家のような大きな財産を一気に贈与すると贈与税が重くなりがちです。相続時精算課税は相続時に精算されるため、贈与=即節税とは限りません。具体的な損得は税理士の試算で判断してください。
Q. 相続時精算課税を選ぶと暦年課税には戻せないのですか? A. はい。相続時精算課税は一度選択すると、その贈与者からの贈与について暦年課税には戻せません(国税庁No.4103)。選択は慎重に行う必要があります。
Q. 生前贈与した家を後で売ると、空き家3,000万円特別控除は使えますか? A. 使えません。この特例は相続または遺贈で取得した家屋・敷地を売った場合の特例です(国税庁No.3306)。将来売る予定があるなら、生前贈与で特例の対象外になる点を必ず考慮してください。
Q. 親が認知症になってからでも家を子に移せますか? A. 本人の判断能力が失われると、贈与契約も売却契約も結べなくなります。成年後見制度を使う方法はありますが、家庭裁判所の関与が必要で財産処分は大きく制限されます。元気なうちに方針を決めておくことが重要です。
家じまいくん——「贈与か相続か」の前に出口を並べる
生前贈与と相続のどちらが得かは、最終的に その家をいくらで売れるか・貸せるか・残すといくらかかるか という出口の数字に左右されます。出口が見えないまま「贈与か相続か」だけを議論しても、判断材料が足りません。家じまいくんは12問5分で、実家を売る・貸す・住む・壊した場合の概算をレンジで並べて提示 する「最初の地図」です。税理士に贈与・相続の試算を依頼する前に、まず家の出口の全体像をつかむ——これが相談を空回りさせないコツです。
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まとめ
親の家を生前贈与するか相続まで待つかは、贈与税・相続税の比較だけでは決められません。押さえるべきは4点です。①生前贈与には暦年課税(年110万円基礎控除)と相続時精算課税(2,500万円特別控除+年110万円基礎控除)の2方法があり、選択は慎重に。②相続まで待てば「3,000万円+600万円×法定相続人数」の基礎控除が使え、遺産が収まれば相続税ゼロもあり得る。③生前贈与は不動産取得税・高めの登録免許税という移転コストが重く、相続でしか使えない空き家3,000万円特別控除も使えない。④親が認知症になると贈与も売却もできなくなる時間リスクがある。税金の最適化と、親が元気な“今”しかできないこと——この2軸を並べてから、税理士に試算を依頼してください。
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本記事は2026年5月時点の制度に基づきます。贈与税・相続税・不動産取得税・登録免許税の税額や特例の適用可否は、財産の評価額・贈与や相続の時期・家族構成・個別の要件によって大きく変動します。具体的な税額の試算や有利不利の判断は、必ず税理士・司法書士などの専門家への確認で確定させてください。本記事は法的・税務的助言を目的としたものではありません。
実家を相続したら、まず「最初の地図」を
売る・貸す・住む・壊すの4選択肢を、12問5分で横断比較。
あなたの実家の場合、どの選択肢が最も合っているのかをデータで提示します。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、 税務・法務・不動産取引に関する個別具体的な助言を行うものではありません。 個別のご事情に応じた判断は、税理士・司法書士・弁護士・宅地建物取引士等の有資格者にご相談ください。 また、法令・通達は本記事公開後に改正される可能性があります。最新情報は各官公庁のWebサイトをご確認ください。
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